大判例

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東京地方裁判所八王子支部 昭和44年(ワ)866号 判決

原告

小椋隆五郎

代理人

水村五郎

被告

日野交通株式会社

臼井鉄男

代理人

平沼高明

外二名

主文

被告らは、原告に対し、各自金一、三八二、五三七円およびこれに対する昭和四四年九月六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告は、「被告らは原告に対し各自金一、五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年九月六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」旨の判決ならびに仮執行宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

「一、昭和四三年三月一一日午前一時二〇分頃、東京都日野市大字日野四三四二番地先道路において、被告臼井鉄男の運転する普通乗用自動車(多摩5き二六六六号。以下「被告車」という)が原告に接触し、原告は負傷した。

二、(一)被告日野交通株式会社(以下「被告会社」という)は当時被告車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものである。

(二) 被告臼井は、前記日時場所において対面進行中の原告を認めながら、その動静に注意しないで漫然時速五〇キロメートルで進行した過失により、被告車を原告に接触せしめたものである。

三、原告は本件事故により左膝蓋骨脱臼および左膝蓋腱断裂の傷害を受け、通算三〇〇日以上の入院と通院治療をよぎなくされ、現在でも長時間の起立にはたえられず、階段の昇降等は困難で、正坐は不能、寒い日は膝頭がしびれて激痛がある。原告のこうむつた損害の額は次のとおりである。

(1)  休業補償金三五八、六〇〇円

すなわち原告は板前見習として一か月金三二、六〇〇円の収入を得ていたところ、事故のため一一カ月間休業し、右の収入を喪失した。

(2)  逸失利益金一、〇八一、七四〇円

原告は事故がなければ昭和四四年二月一一日からなお少なくとも三〇年間稼働できたところ、事故のため少なくとも一カ月金五、〇〇〇円、一カ年六〇、〇〇〇円の減収をこうむつた。これをホフマン式計算法により現在価額に換算したもの

(3)  慰藉料金六五四、六六〇円

四、よつて被告らに対し、本件事故の損害賠償として、右合計金二、〇九五、〇〇〇円から一部弁済額金五九五、〇〇〇円(後記被告主張第二項(2)(3)を控除した残金一、五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する弁済期後の昭和四四年九月六日から完済まで民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。」

被告らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として

「請求原因第一項および第二項(一)の事実は認める。

第二項(二)および第三項は争う。特に原告は昭和四四年三月以降パチンコ店に、同四五年七月頃以降運送店に勤務してそれぞれ三万円強の月収を得ているから、右時期以降の逸失利益の損害はなかつたものである。」

と述べ、さらに次のとおり主張した。

「一、(一)原告は事故の直前少なくとも四、五合の酒を飲み、強度の酩酊状態にあつたため事象に対する正常な判断ができず、被告車のライトを見てわざわざ道路中央にとび出した結果被告車の左フロントバンバーに接触したもので、本件事故の発生については原告に重大な過失がある。

(二) 原告は加療中に階段から落ちたり、日野市立病院に入院中夜間ときどき飲酒に出かけるなど原告自身の不摂生により療養が長期化した点が多いので、これらの事実を損害算定に際して斟酌すべきである。

二、被告は次のとおり原告に支払つた。

(1)  治療費合計金九七七、三四五円

うち(イ)花輪病院関係 金二七七、八三〇円

(ロ)日野市立病院関係 金五三三、一七六円

(ハ)国立塩原温泉病院関係 金一六六、三三九円

(2)  損害内払金金二八五、〇〇〇円

(3)  後遺症補償金(自賠責保険金)金三一〇、〇〇〇円」

原告は右被告らの主張に対し「第一項(一)および(二)の事実は否認する。第二項は認める。但し本訴請求からは除外ずみである。」と述べた。

〈証拠略〉

理由

一、請求原因第一項および第二項(一)の事実は当事者間に争がない。

〈証拠〉によると、被告臼井は前記日時場所において時速五〇キロメートル位で被告車を運転中、左前方約二五メートルの地点を被告が一見してかなり酒に酔つていることがわかる状態でうつ向き加減にこちらに歩いて来るのを認めたが、運転者としてはかような場合歩行者の動静を注視し、適宜減速徐行するなどして安全を確認しつつ歩行者の側方を通過すべき義務があるのにこれを怠り、漫然従前の速度のまま原告の側方を通過しようとした過失により、原告が被告車のライトに眩惑されて被告車の進路に進入したのを約一五メートル手前で発見し急制動の措置をとつたが及ばず、同人に被告車の前部を衝突させるに至つたことが認められる。

従つて被告らは各自本件事故による原告の人的損害を賠償すべき義務がある。

二、損害について判断する。

(一)  〈証拠〉によると、次のとおり認めることができる。

原告は本件事故のため左膝蓋断裂、左膝蓋骨脱臼の傷害を受け、事故当日から同年六月二七日まで花輪病院に入院したが、治療の効果が上らず、被告会社の勧めもあつてその頃日野市立総合病院に転入院した。同年七月一九日同病院で「膝蓋腱形成術なる手術を受け、八月二六日までギブス固定、以後マッサージ治療を開始し、同年一〇月九日医師の勧めで塩原温泉病院に転入院し、翌昭和四四年一月二八日同病院を退院した。その後は日野市立病院に通院し、同年二月一五日治療の診断を受けたが、「左膝屈曲障碍約二五度。胡坐可能なるも正坐不能。階段の昇降時疼痛あり、走行不能。」(なお長時間の起立も不能)の後遺障害を残すに至つた。

原告は昭和一七年四月生れの男子、事故前は健康で昭和四二年一〇月頃から板前見習として有限会社「入船」に勤務し、平均月収金二七、〇〇〇円以上を得ていたところ、本件事故のため少なくとも一一カ月間休業してその間の収入を喪失した上、失職した。原告は前記障害のためもはや板前として稼働することは不可能となつた。

原告は退院後一カ月した頃からぼつぼつパチンコ店のアルバイトをやり、特に昭和四四年六月からは継続的にパチンコ店に勤務して月収三〇、〇〇〇円位を得たが、足が痛くて勤まらなくなり、同年一〇月頃に止めた。その後は兄の世話になつていたが、昭和四五年七月から自動車運転助手として「巣鴨運送」に勤務している。いわゆる「日給月給」制で、完全に勤めれば月収金四五、〇〇〇円になるが、重い物を人並に持ち上げることができず、後遺障害の関係で休みがちなため、月収は金三〇、〇〇〇円位である。

前記後遺障害は改善の見込がなく、また手術時に筋膜を採取した右大腿部と左膝部に長さ二〇センチメートル位の傷跡が残つている。

なお、北多摩郡村山町に居住する原告の姉斉藤美代子は原告が入院中一カ月平均三回位病院に来て原告の身のまわりの世話をした。

〈証拠判断・略〉

(二)  そこで原告の損害額につき判断する。

(1)休業補償 金二九七、〇〇〇円

但し月額金二七、〇〇〇円の一一カ月分。原告は平均月収を金三二、六〇〇円と主張し、〈証拠〉にはこれに沿う記載もあるが、これが昭和四二年一二月の賞与を含めた金額であることは〈証拠〉から明らかであり、右賞与部分を特定すべき資料はないので、〈証拠〉記載の限度をもつて平均収入と認める。なお、〈証拠〉によると原告は休業期間中に「入船」から金七五、〇〇〇の支給を受けたことが窺われるが、〈証拠〉によるとこれは小遣として恩恵的に支給されたもので給与ではないことが推認されるから、右金額を休業補償から控除すべきではない。

(2)逸失利益 金一、〇八一、七五八円

人身事故において逸失利益といわれるものの実質は稼働能力の全部または一部の喪失自体の損害であると解すべきところ、前記事実によれば、原告は本件事故がなければ原告主張の期間板前見習、板前ないしこれに準ずる職人として稼働することができたのに、本件事故のため相当程度右能力を喪失したことが明らかである。

被告らは、原告が事故後パチンコ店員ないし運転助手として得ている収入が事故前の平均収入をむしろ上まわつていることを理由に本件において逸失利益の損害は存しないと主張するが事故前後の収入額をこのように単純に比軽することは誤まつているといわねばならない。事故前の収入額は逸失利益の算定に際して一つの資料として意味を持つにすぎぬ。本件における事故前の収入は今から三年前のもので、しかも当時原告は板前見習として就職したばかりであつたから、事故がなければ原告がその後昇給やベースアップの利益に浴していたであろうことは容易に推認されるところである。原告が退院後間もなく再就職し、断続的であるにせよ現在も勤務している事実は、むしろ原告の勤労意欲を物語るものとして評価すべきである。現に運転助手として本来なら一カ月金四五、〇〇〇円の収入を得られるのに、金三〇、〇〇〇円程度しか得ることができないという事実からしても、稼働能力一部喪失の損害が存在することは明らかであるといわなければならない。最高裁判所第二小法廷昭和四二年一一月一〇日判決(民集二三五二頁)の判示中右の趣旨に反するかにみえる部分は当裁判所の従い得ないところである。

ところで、稼働能力一部喪失自体の損害は、まず、事故なかりせば得べかりし収入(P)を確定し、次にいわゆる労働能力喪失割合または喪失率(r)を決定してX=Prの方式により算定するのが通例であるが、必ずしも常に右のような方法によることを要するものではない。本件において、原告は将来得べかりし収入につき昇給その他の要因を考慮に入れた具体的な主張立証をせず、また一定の喪失割合をも主張せず、単に将来の減収額を主張するのみであるが、事案によつてはかかる算定方法も許されると解すべきである。そして前認定の事実その他本件証拠によれば、原告は本件事故による後遺障害のため、原告主張の昭和四四年二月一一日から三〇年間本来得べかりし収入よりも少くとも原告主張の一カ月金五、〇〇〇円、一カ年金六〇、〇〇〇円を下らない減収となつたことが推認されるから、これを年ごと複式ホフマン法により現在価額に換算した金一、〇八一、七五八円をもつて原告の稼働能力一部喪失自体の損害額と認めるのが相当である。

(3)慰藉料 金一、四〇〇、〇〇〇円

但し前認定の一切の事情を斟酌し、後記原告の過失を度外視した金額である。

三、過失相殺の主張について判断する

(一)  〈証拠〉によると、本件事故現場は歩車道の区別のない幅員七メートルの道路で、近くに横断歩道と街灯はなく、商店街であるが時刻がら交通は閑散であつたこと。原告は当日午後一〇時頃勤務を終えてから立川市内の飲み屋三軒で飲酒し、かなり酩酊してタクシーに乗り、本件現場付近で下車して用をすませたのち近くの寮に帰る途中であつたこと。原告は道路の右側を歩いていたが進路の左前方のカーブから突然現われた被告車のライトに眩惑され、酒に酔つていたせいもあつて判断を誤まり、被告車を避けるつもりでふらふらと道路の中央に出たところを被告車に衝突されたこと。以上の事実が認められる。〈反証排斥・略〉

右事実によれば本件の発生については原告側にも過失があつたということができ、双方の過失の割合は被告臼井八に対し原告二と認めるのが相当である。

被告らは原告に重大な過失があつたと主張するが、深夜暗い道路で急に現れた車両のライトに眩惑され判断を誤まることは珍らしくなく、これをもつて直ちに重過失ということはできないし、酒に酔つて夜道を歩いてはいけないという法もない。むしろ原告が酔つていることを認識しえた被告臼井の側において、歩行者が判断を誤まる可能性をも考慮して前示注意義務を尽すべきだつたのであり、この意味で被告車側の過失は小さいとはいえない。過失相殺の割合は前記程度にとどめるべきものと考える。

(二) 被告らはまた原告に治療過程上の過失があつたと主張する。〈証拠〉によれば、原告は日野市立病院において手術後の訓練を受けていた頃、好きな酒を飲みに外出したことが数回あり、医師から一度注意を受けたこと、その後は外出しなかつたこと、飲酒は治療上有害であることがそれぞれ窺われる。もつとも右の事実によつて果して原告の治療期間が実際に延長され、損害が拡大したかどうかは明らかでないから、これをもつて本来の過失相殺の事由にあたるとすることはできないが、かような事情が現われた以上慰藉料の減額要素にはなると解すべきである。

(三) そこで、被告らが原告に賠償すべき損害額は、前項(二)(1)休業補償と(2)逸失利益の合計金一、三七八、七五八円に二割の過失相殺をした金一、一〇三、〇〇六円(円未満切捨)および(3)慰藉料の金一、四〇〇、〇〇〇円に右同様の過失相殺ならびに前記理由による減額を施した金一、〇七〇、〇〇〇円、右合計金二、一七三、〇〇六円と認められる。

四、被告らがその主張のような支払を原告にしたことは当事者間に争がない。そのうち治療費金九七七、三四五円が本訴請求から除外されていることは明らかであるけれども、右治療費部分につき前示二割の過失相殺を行なうと金一九五、四六九円が過払の計算となる。そこで右過払額と治療費以外の一部弁済額との合計金七九〇、四六九円を前項の賠償額から控除すると金一、三八二、五三七円となり、被告らは各自原告に対し右金一、三八二、五三七円およびこれに対する弁済期後である昭和四四年九月六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。(右認容額を分析すれば一部の損害項目は原告の主張をこえることになるが、総額において請求額をこえない限り、かかる措置は民事訴訟法一八六条ないし弁論主義に反するものでないと解する。)

五、よつて原告の請求を前示限度で認容し、その余を失当として棄却し民事訴訟法九二条本文、九三条一項本文、一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。(楠本安雄)

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